※考察カテゴリーで述べていることは、ガイド役の意見であり、AID情報ではありません。
AIDとフラワーオブライフ(FOL)、
ここにも一部に概念の親和性を見ることができます。
AIDとフラワーオブライフは、基本的に見えている世界感が違っています。
フラワーオブライフには、天使も出てくるし、シリウス人の実験などの時空を越えた存在の話も多く出てきます。
しかしながら、AIDは、そのような存在の話は出てきません。それらは、宇宙のエネルギー的なものが社会に反映して見えている事象ということで、肯定も否定もしていないというか、そういう次元の話ができにくいのです。
ですが、人間の現状の認識では、似通っている概念もあります。
フラワーオフライフにおける、私たちの今の現実は、ルシファーサタンが生命の特定の要因が上手く機能するかを試すテストの結果だとしています。
神のやり方とは別のやり方で、ルシファーが現実を創造したのがこの世界なのです。
そこのポイントを、少し長くなりますが、フラワーオブライフから一部引用しますと、
「ルシファーは、神、あらゆる生命との愛の結びつきを絶ち、脳の両側でなく片側だけで機能するようになったのです。つまり愛でなく知識のみで動くようになったのです」(FOL 第2巻 288頁)
更に続きます。
「ルシファー側の存在達は、科学文明を基盤とするテクノロジー中心のシステムを作り上げて、始源の現実から分かれてゆきました。それに対し、神と分離することの無かった存在は一切のテクノロジーをもたず、ミカエルに率いられていました。かくして両者の戦争が始まったのです。」(同 288頁)
そして執筆者であるドランヴァロ氏はこのように結論づけています。
「ここで重要なのは、私たち人類は今、かつてないまったくユニークな道に答えを見いだそうとしていることです。始源の現実とルシファーの現実のあいだに横たわる全てのものが、その2つの現実を何等かの形で結びつけるという、第三の道へ向かわせているように見えます。(中略)それはなんら解決策の見えない闇と光の闘いでした。その苦しい抗争劇が今ようやく終わろうとし、新たな第三の現実の誕生を迎えつつあるのです。」(同 289頁)
見ている視点が違うのと言葉に違いがありますが、AIDとフラワーオブライフの右脳と左脳の位置づけはほぼ同じと解釈できます。
AIDの言葉で表現しますと・・
「(前略)右の脳が使われなくなったときに人間は何を見たか?霊的な問題とか、苦しみとか闇とか、そういうものを見てしまったわけです。そしてずっとずっと知らなければならないことがあって、それを左脳で確認しようと思えば思うほど、右脳がいろんな事を話しました”あぁ、いやだな。苦しいなぁ”と話したわけです。左脳を地球、右脳を宇宙とします。そうすると地球はドンドンときめ細やかな情報を伝えるために機械を発明したり、情報をより人に伝えやすくするためのたくさんの器機を作りました。
ところがそれをすればするほど人間は、”知らなければならないことがいっぱいあるんだ”という確認をしたわけです。そのときに人間が何を思っていたかというと、”あぁ、私はもっと知らなければ”ということと同時に、”知らない私はダメなんだ”という事を思い、そして右の脳は、ますます使われなくなってゆきました。
右脳を使うようにすれば良いんです。そのとき、宇宙がどのようになっているかということを伝えることが必要なので、今このAID情報発信の作業をしています。」
フラワーオブライフでの右脳の位置づけは「愛」ですが、AID情報は「宇宙」です。
そして、現在の左脳の社会を新たにするには、右脳の活性化が必要であると両者とも説いています。
左脳と右脳の統合が、アセンションのキーポイントの一つのように思われます。