(6/11の記事、次元上昇した自分より続く)
G:一般的にいう感性が無くなると言うことですか?
A:はい
G:喜怒哀楽がなくなる?
A:そんな感じです。
G:おもしろくなさそうですね。
A:喜怒哀楽という表現を、感情、感性、感覚、感受性と表したとします。
喜怒哀楽と私たちがいっているのは、「楽しんだ」「苦しんだ」「喜んだ」ってあるんですけど、
その中に、感情の言葉、感性の言葉、感覚の言葉、感受性の言葉があって、
それを一般的に喜怒哀楽というらしいんですが、
そうすると、その、喜怒哀楽を無くしたときに、どうなるかというと、
すごく穏やかで静かな人になるかと思うかもしれませんが、それは違います。
なぜかというと、喜怒哀楽は私の幽体の問題にアクセスしているわけです。
幽体問題にアクセスしているということは、幽体をなくすということなので、
かといって、霊体が動くとか、身体が動くとか、宇宙体が動く話ではなくて、
とりあえず、幽体を無くします。
そうしたときに残る霊体、身体、宇宙体というものが、前頭葉が動いてゆくかというと
そうでもない。
前頭葉にあるのは、幽体なので、幽体を無くしたときに
非常にスッキリした自分の本質的な感情がうごいてゆくことになります。
(続く)